松井省悟×chori対談「talk across the universe」
松井省悟(空中ループ)=松 chori=c
訊き手:神部慈雲(THE VESPERS)=神
対談日時:7月4日夜
対談場所:新風館1Fテラス席
消費アルコール 松=ビール1杯 c=ビール6杯、ウィスキー1杯 神=ビール3杯
※この対談はOTOTOY「All Along Kyoto Tower(京都タワーからずっと)」特集に触発されて行ったものです
- OTOTOY「All Along Kyoto Tower(京都タワーからずっと)」特集をふりかえって
松 案外知らないひとが多かったんや?かなり気合いの入ったラインナップやと思ったけど。
神 はい。そうですね。あとは名前だけしか知らないとか…。
松 っていうのはやっぱり、あれなんかねえ。ライブハウスごとにすごく棲み分けられてるんやろうね。ぼくらがやりはじめたころよりも。
神 それこそぼくがふだんからMETROいったりだとか、ウーララとかMUSEとかいっていればこの記事を読んでわかるバンドももっと増えたんでしょうけど(※THE VESPERSは基本的にnanoがメインのバンド)。
c でもさ、もっといえば、ハコがさ、よかれあしかれ、発信力をもって先鋭化した箱もあれば、発信力をもたないから退嬰化したというか、そういう二極化を感じる。こういうバンド、こういうジャンル、こういうコミュニティしか残りません、みたいな。言い方わるいけど。でも結局その振り子のバランスがそれぞれの色になってるというか。
松 ライブハウスごとの色でいえば、おれはそれいいなとおもう。
c でもうちらがはじめて出会ったのはハコでもなんでもなかったよね(笑)。
松 そうそう、京都精華大学(※ふたりの母校。choriは中途退学)っていう(笑)。
c そう、そこで前身バンド同士で対バンしたのがはじめてだよね。省悟はそのときまだうたってなかったもんね(※当時松井はPYRONというバンドに所属)。
神 えっ?
松 おれ、下手ギターやで。INORANポジション(笑)。
神 なんかぼく完全に勘違いしてました。松井さんずっとヴォーカルだと…。
c あれが2004年くらいか。
神 おふたり的にはそのころはどうだったんですか。ライブハウスごとにコミュニティというか。
松 ちょっとはあったとおもう。でもそれこそおれも慈雲みたいな状態だったかもな。高校のときはVOXhallくらいしか出てなかったし。
c 当時グラムロックのイメージあったよね。
松 女王蜂とかね。
c 有堀先生(※現VOXhall店長・有堀誠氏のこと。当時女王蜂というバンドのリードギターだった)ね(笑)。わりとでもあのころはARCDEUX、MUSE、VOXhallはそういうにおいあったよね。でもそこでPYRONは20歳くらいながらツアーに出たりリリースしたりとか、若手だけど一押しされてますっていうかんじがあったね。
松 そうそう、自主でJEUGIAにもってってね。JEUGIAを中心にしたプロモーション。(笑)。当時はタワレコとかどうやってお願いしたらいいかわからなかった。流通も通してなかったから個人の委託販売っていうかたちだったし。
- 出会ったころの話
c 初対面最悪だったよね。お互いの印象が。
神 そんなに仲良くなかったんですか?
c 仲悪かったよ。
松 「おれのほうがかっこいい」とかいってたよchori(笑)。
c おれはおれで「うわ、めっちゃつんつんしてるやつがおる!」って(笑)。省悟が21歳でおれが20歳かな?とにかくお互いとがってたね。で、そんななかで翌年かな?PYRONが解散してそこから空中ループっていうふたりユニットができて。最初はふたり組やったよね。PYRONのドラム(現Turntable Films)のなっちゃんと。
松 ちょうどそのころに、PYRONを辞めて、自分でうたいたいってのもあってんけど、新しいことをやりたいなっておもって。それでそういう編成で。
神 アコースティックなかんじだったんですか?
松 いや、そんな単純ではなかったね。i-Podからオケ流したり、二胡弾いたり。まあ、今おもえば迷走しててんけど(笑)。やっぱ、ミュージシャンの在り方というか、かたちもすごい模索してて。いわゆるライブハウスにノルマを払って、お客さんっていうか友だち集めて、っていうのはちがうなって。
c ああ、ノルマ3万円でバックが21枚目から20%とかいうやつね。はっきりいって、搾取(笑)。
松 どことはいわんけど(苦笑)。まあ、そういう制度に対するカウンターというか、疑問もあって、それで音もやりかたも模索してて、そんななかでchoriに出会って。…まあ、こいつ変なことやってるわけやん?(笑)
c あきらかに。
松 それでたまたまバオバブ(※かつて北白川にあったアフリカンカフェ)で一緒にライブやったんだよね。
c そう。たしか空中ループ2度目のライブかな。なぜかセッションもしたよね。いきなり。
- 当時のライブハウス事情
松 なんかそういう新しさみたいなものを求めてたし。ライブハウスも過渡期じゃなかった?
c 過渡期だった。方向性を変えてくライブハウスとか、新しくできてきたハコが多かったし。
松 いわゆる飯食えるライブハウスとかね。
c そうそう、増えたね。お客さんはゆったりご飯食べてお酒飲んで、出演者にはノルマがなくて上がり次第ではチャージバックがあるっていう。
松 もともと磔磔とか拾得とかはそうだったけどね。ノルマがないぶん、別の意味でしんどい部分はハコも出演者もいろいろあったとおもうけど。
c でもそういうとこってだいたい、出演者・イコール・ノルマを払ってくれる一種のお客さん、というそれまで多かった見方ではなくって、ミュージシャンをミュージシャンとして遇してくれるというか。
松 そういうのが増えてきたね。
c でもやっぱ、磔磔や拾得はおれらくらいの世代からしたら敷居が高かったし。そこでネガポジとかウーララ、UrBANGUILDとかがこの10年で出てきたのは大きかった。高校時代のライブハウスシーンはブッカーとかにも商業主義みたいなのがすごい透けて見えてたなか、独自路線をいくライブハウスが増えたのはうれしかったな。
神 ぼくが京都にきたとき(※神部は北海道出身。5年前に進学で上洛)は、お客さんは受付でお金を払ってあとはドリンクチケットの1杯で終わりだとおもってたんですけど、カフェスタイルだったり、飲食要素がライブハウスにあったのは衝撃で。
c たぶん、もともとの京都っぽいライブハウスの在り方ってそういうかんじなんじゃないかな。もともとは大音量で音楽聞けるライブ喫茶だもんね。ライブハウスとしてはじまったわけじゃないもん。磔磔も拾得も。どっちかといえば飲食店的なニュアンスが色濃い。拾得のメニューとか今みたら感涙するくらいオールドスクールだし。
松 あとなんか、当時の話をすると、クラブミュージックのほうが、なんていうんやろ、ナウいとかあったよね。WORLDとかMETROとか。大学とかも学園祭の花形っていわば大ステージに出るロックバンドだとおもうんだけど、深夜のクラブっぽいアーティストとかハウスとかテクノとか、クラブカルチャーの人気がすごくあったね。まあ精華はちょっと特殊かもしれないけど。そこからおれも電子音楽の影響をうけて。
c KYOTO JAZZ MASSIVEとかFPMとかMONDO GROSSOとか。
松 もうちょっとしたら高木(正勝)さんとかもでてくるしね。
c で、ちょうどそのあたりで、京都系っていうか、京都のバンドがばっと出てきたよね。くるり以降。キセル、パルナス、ママスタジヲ、CHAINS、YOGURT-poohとか。なんかライブハウスとクラブがいちばんいいバランスだったね。
松 おれ、そのころってあんまりそういうとこに遊びにいってなかったんだけど、choriはリアルタイムだったの?
c わりと。おれはじめてライブいったのが中学のころ、1999年の西部講堂のフライパンベイビーだったもん。出演者がキセル、CHAINS、ゆーきゃん、ヒグラシ、サンプリングサン、JESUS FEVERだったかな。もぐらさん(※現nano店長)もはじめてみたもん、そこで。酔っぱらってステージ上がってお客さん煽ってた(笑)。
神 じゃあわりとchoriさんはそのころから京都のライブハウスはよく通ってたんですか?
c 中学生のころはさすがにちょくちょくまではいかないけど、大きなイベントとかには行ってたなあ。
松 でもネットとかまだほとんどないやんか。どうやって情報を得てたの?フライヤー?
c そう、フライヤー。完全にそう。ライブハウスいってフライヤー持って帰ってきたりして。携帯とかももってないからさ。メモってさ。知るのも調べるのもひたすらDIY。足を使えっていう、刑事の教えみたいなやつ(笑)。
松 ある種わかりやすいシンプルな時代やね。
c なにしろMySpaceもYOUTUBEもないからさ、そのバンドがいいかどうかって、ライブみにいかなきゃわからないから。CDが出たってさ、Amazonなんてないし、タワレコでも今みたいにインディーズが一般的じゃなかったから、レコ屋にいって取り寄せるかライブ会場で買うかだよね。
神 そのころはチケット代金って今とちがいました?
c 基本的に京都は東京とかにくらべて安いからね。でも当時は学生主導のイベントも多かったし、ブッキングは箱によったけど、イベントはドリンク別で500円とか、高くても1000円くらいだったかなあ。1500円するのはほんまにいいイベントってかんじ。でも今はブッキングも1500円がふつうで、2000円とか2500円がいいイベントっていうか。でも昔はドリンクとかも缶オンリーだったからなあ。サービス面とかは確実に向上してるから一概にはいえないだろうなあ。
- 温故ニュウスタイルというムーヴメント
c 京都シーンはそのあたりからまた変わったよね。歌ものがすごく強かったなかにオルタナとかポストロックがどんどん入ってきた。まあ、それまでもUSインディー感があったりとか、変拍子のバンドとかアングラまわりにはいろいろいるにはいたけど。なによりはっきりと学生バンドの志向性が変わったかんじがした。
神 ああ、今、外からみてるとそういうかんじありますね。
c なんか反発っていうかんじもあるけどね。いなたい歌ものとか、ロックンロールかさもなくばフォークの流れが主流だった時代に対する。
松 chori的に、自分が音楽やってるなかでそういう反発みたいなものってなんか影響してる?たとえばおれらが2006年からイベントをはじめたやん。
c 「温故ニュウスタイル」ね。ええと、2006年から1年半くらい、全部で番外編入れて7回かな、やったイベント。空中ループ、chori、みかとやすの3組がレギュラーの共催で。20歳くらいの若手世代でとにかくほかでやってないようなブッキング、見れないようなイベントをやろうっていう。あのときも呼んでるメンツとかはほんとばらばらだったね。PARAKEETみたいな下北ハイラインの末裔みたいなギターロックもいたし、rimaconaみたいなエレクトロ系のユニットもいて。ましてNabowaもいたしイノトモさんもいたし。なによりうれしいのは広田(勝紀)くんやひマワリ、ちみんなんかも含め、当時の出演者のほぼ9割がいまだに音楽の最前線で活動してるってことやね。みんなそれなりにプロップスを得てるし。
松 しかも会場が北山のMOJO WESTっていう、どのジャンルの流れにも属してない独立独歩系の箱というか。そもそもライブハウス然としてないし。
c おしゃれな飲食店ってかんじだもんね。あそこ。正式にはエンターテインメントスペースか。
松 なにか新しいかたちをさがしてたあのころとしては、すごくしっくりした。
c 空中もまだバンド編成じゃなかったもんね。みかとやすもおれも特殊な形態だし。反発っていえばそこまではなかったけど、新しいことをやりたいってすごくおもってた。でも、あのタイミングで打ったあのイベントはものすごく新鮮やったとおもう。お客さんだって毎回軽く100人以上入ってたもんね。若手バンド主導であそこまでジャンルレスっていうのは当時はめずらしかったのかも。意図してやった部分もあれば、結果的に時代の空気みたいなものに寄り添えた部分もあるとおもうけど、確実にある種のムーヴメントを起こせたとおもってる。
松 ほんとうに、常になにか起こりそうなかんじがあったよね。
- 空中ループについて語る
c でもあのころってお互いまだ場当たり的にやってたよね。お互い歌ものとかロックのコンテクストのうえにいなかったし。どこにも属してないからどこへでもいけたけど、拠るところはなかった。ちょっとでも好きかもっておもう女の子と手当たりしだいにつきあってたかんじ(笑)。
松 たしかに(笑)。でもそういうときに自分はもともとバンド出身やったから、おもいえがいてる音の世界はどうしてもバンドのもので、だから一周してっていうとちょっとちがうかもしれないけど、やっぱりやるならバンドやなっておもってて。それで空中をバンド編成にするっていう。
c もともとメンバーの大半はPYRON時代から(※松井、和田、森)だもんね。空中はなんかすごいいい意味ですんなりバンドになったってかんじがした。今から仕切り直しますよって肩肘はったかんじじゃなくって、ああ、ここへ帰結するんだなっていう。
神 じゃあ空中ループのバンド編成っていうのは、松井さんにとってしっくりきたかんじだったんですか?試行錯誤の果てにというよりは。
松 しっくりきたかはわからんけど、もともとやっぱりバンドをやりたくて、バンドマジックというか、あのバンドならではの感覚を求めてたからなあ。やっぱり全然ちがうからね。生ドラムと打ちこみでは。
c 省悟は器用やしなんでもできるひとやけど、根っこはやっぱりミュージシャンとかクリエイターってよりバンドマンなんやろなあ。だからフロントマンとしての変な厭味がないんやろね。アーティスティックな部分がへんに前へ出すぎないというか。バンドであるってことがちゃんとかすがいになってる。
松 choriはゆうたら今バンドをやってるけど、決してchoriっていうバンドではないよね。
c そこは完全に逆やんね。
神 choriさんは1に3を足してバンドになってて(※choriバンドは4人編成)、松井さんは4で1なんでしょうね。4人が集まってはじめて空中ループっていうかんじは新譜をきいてもすごく伝わりました。
松 そうだね。今作では自分以外が曲書いたりもしてるし。
c アルバムは1/3くらい共作とかだもんね。
松 うん。よりバンド感は上がってるね。
c やっぱ省悟のなかでのバンド歴の半分くらいは左右に和田ちゃんと森ちゅんがいるもんね。
松 もともとルーツとかはかぶってるんやけど、メンバーとはなんか知らず知らずのうちに棲み分けしてるというか。キャラクターはばらばらやけど、長いつきあいと三人の関係性のなかでわかりあえてる部分がすごく大きい。
神 だから決して松井さんひとりの個性で成り立とうとしているわけじゃないってことですね。かおりさんもふくめての4人で。
c それがすごい心地いいというか。
松 やっぱそれがないとバンドじゃないからね。
c 松井省悟は空中ループを背負ってるとおもうけど、空中ループが松井省悟を背負ってるわけじゃないからね。
- さらに空中ループについて語る
神 ある意味、空中ループが注目されたひとつの要素って、言い方悪いですけどフロントマンとしての没個性感だとおもうんですよ。今までは強烈な個性を放つフロントマンと、それを支えるうしろのオケ隊っていうのがロックバンドにおけるイメージとして主流だったじゃないですか。それが空中の場合はイージーリスニング的なとことか、いい意味でBGMとしても聞けたりとか。普遍的なとらえられかたができるっていう。好みのストライクゾーンがすごく広い。
c そのうえで伸び悩んでたのはそこかもしれへん。逆にすごく調和を求めてしまう部分があるから、ライブバンドってかんじがあんまりせえへんかったという。4人でやりはじめたころは特に。じゃあライブをみにいこうって思わせづらい部分がどっかにあって。CDで聞いててめっちゃいいし、心地いいんやけど。そこからライブハウスに足を運ばせるひと押しに欠けてた。でもここ半年くらいでそこが劇的にかわったかんじがする。
松 それはね、ほんと最近。まじで最近。今年入ってからそうとう苦労してバンドで曲をつくって。なんか、最近インタビューでもよくいってんねんけど、誰かとやりだしたわけやん。プロデューサーのオオヤさんとエンジニア益子さんと。レーベル(wonderground)もかかわったし。で、他人とやることで、じゃあいったい自分たちとは、空中ループとはなんなんだろうって考えることがふえて。ある種の黒船来航がおこったんですよ。
全員 (爆笑)。
松 そこで尊王なのか攘夷なのかとか、薩長が喧嘩してていいのかとか(笑)。お前も曲書いたほうがいいんちゃうかとか。そうしないとどんどん負荷がかかってきて。それでやばいやばいってなって、中まで強固になって、そこでバンドとしてのアイデンティティが強まって。
c だって今もうライブバンドだもんね。昔は「音源はいいのにライブが」っていわれてたもんね(笑)。それがいまようやく両翼がそろったかんじがする。
松 ぼくらはいわゆるそのムーヴメントっていったらおかしいけど、わかりやすいのでいったら、そういうのを起こす「時の人」っているやん?そういうタイプじゃなくて、あくまで音楽をすごく深くつくろうとしてる集団やねんか。だから音原理主義というか、そういうとこはあるかもね。音楽によるファッションカルチャーとか、思想とか、そういう要素はすこしはあるかもしれないけど、あくまで音そのものをどう発信したいのか、どうつくりたいというか。
c ひとまわりして帰ってきたかんじがすごいするんだよね。昔の空中ループ(ユニットおよびソロ)は「その光」のアウトロとかで省悟がずーっと「あーっ!」て叫んで弦切ってっていうパフォーマンスしてて。それはそれでフロントマンの激情みたいなものが伝わってくるんだけど、でも今はもうそんなことしなくたって音楽をちゃんと自分たちの方法でやることで伝えられるっていう。
松 なんか変に逃げてた。
c そういうわかりやすいことしてさ、自分でもなんかやったった感を味わってたっていう(笑)。
松 そうそう。やったった感。ライブ感もあるし、ギター弾きすぎて指切って血をだしたりとか、帽子飛ばしたりとかして(笑)。
神 音源はきちんとつくってるけど、ライブはある程度パフォーマンスという。それが松井さんにとってはひとつの隠れ蓑だったんですね。
c それがいますごい健全なかたちで昇華されてよかったなっていう。
松 なんかすごい空中ループを深めるみたいな話になってるな(笑)。
- 京都からどこへ?
神 なるほど。今回のお話を伺っていて、ぼくははたして京都発信は全国発信になりえるかっていうのがいちばん気になるんですよね。
松 それがな、おれもそれおもうんやけど、所詮おれらって一個人やん。そんなんがシーンがどうこうって語るのって無理があるのかなっておれなんかはおもうタイプなんやけど。でももっと大阪でやらなあかんのちゃうかっておもっていろいろワンマンとか大阪でやったんやけど、やっぱりホームの京都で発信するっていうのはバンドとしてないがしろにしちゃいけないんじゃないかっておもいだして。両方やらなあかんのちゃうかなって。企画とかにしても。
神 地域密着型でありつつも、すこしずつ全国へ浸透させてくっていう。
松 密着するだけじゃなくて、ほんと京都以外も視野にいれてかなあかんのちゃうかって。やっぱり京都ってよくもわるくも内需型やとおもうんすよ。だから変な話、京都だけのマーケットで、小さいながらも成り立つんよ。成り立つっていうのはミュージックだけで食っていけるアーティストがたくさんいるわけじゃないねんけど、京都の内需だけで音楽を持続的につづけられる環境がある。よくもわるくも。だから広がりづらいんかもしれない。でもおれはそのスタイルはこれからの時代に合ってるとおもう。いわゆる、音楽だけで仕事してますってひとって世界的にみたときに英米と日本だけらしいんですよ。マーケット的に。たとえば、ノルウェー人のアーティストで売れてるひとはいるけど、それは英米で売れてるから。自国のマーケットだけで成り立ってるのは英米日だけ、っていう意味ではすごい京都のスタイルっていうのはある意味世界的にみたら当たり前の話かもしれんなっておもってて。で、そのスタイルってアマチュアって呼んでしまわれるかもしれないけど、アマチュアのなにがわるいっておれはおもうねん。だってオリンピックの世界ってアマチュアじゃない?
神 たしかに今の日本の音楽業界だとプロアマの違いがわからないですよね。
松 いや、プロアマのちがいはあるとおもう。インディーズとメジャーの垣根はなくなってるとおもうけど、アマというものに対してすごく目線が低い。プロ至上主義っていうか、それだけで飯食ってるっていうのは絶対的なことやんっていう思考は日本ではあるけど、必ずしもそれが正しいとはおれはおもわへんし、それは神話やとおもう。ヨーロッパいったら、むしろアマでむちゃくちゃすきなことやってるひとのほうが、アートとしては崇高だと思われることもあるって聞いたことがあって。だってプロってまずエンターテインメントで、お客さん、マーケットありきなわけやん。だからへんな話、京都ってそういうアマの文化みたいなのはすげえいいとおもってて。
c 大衆芸術と純粋芸術と限界芸術みたいな話やな。ただ空中ループはそっちへいこうとはしてへんよね。
松 そうそう。いろんな視点はありつつ、ただおれはひとりでライフワークとして一生音楽をつくりつづけようとしてるんですね。
c 松井省悟としては、ってことね。
松 アマもプロも関係なくおれはつくりつづけるしそれはいいんやけど、今空中ループが挑んでるのは、やっぱりその世界でも数少ないマーケットを持つ日本においてあえてプロっていうかたちで、っていうことを。そこはむしろ残すべきシステムやとおもってる。
c そこは行きつくところは一緒やな(ふたり、握手をする)。
- そのうえで、京都からどこへ?
神 おふたりは、京都の土壌はそのままでいいけど、自分たちがミュージシャンとしてのし上がってくためにはそこから離れていかなきゃいけないというのも出てくるわけですよね?
松 離れていかなきゃいけないってことはないかな。
神 そこに逆に自分たちがある程度寄り添う部分を残しつつ?
c そういう問題じゃないなあ、たぶん。実はそこは京都あんまり関係なくて、別にもとからやりたいっていうのは、実際見てきたものふれてきたもの経験してきたものに対するフィードバックとかはあるかもしれないけど、もとからおれたちがやりたいのは京都がこうだから反発するってわけでも京都がこうだから寄り添いたいっていうわけでもなく、自分たちがやりたいのはもっとオーバーグラウンドなことのはずだし、京都はその話のレベルになったら関係ないかな。なんでそうなったのかっていうのをたどるうえでは京都シーンがどうこうっていうのは意味があるかもしれないし外せないかもしれないけど、たとえばほら、親がこう言う仕事をしてたからそれに反発しましたとか、そういうわけではないから。
松 だからおれはもしかしたら京都のシーンっていう意味では別にとらえないでもいいとおもう。そういう仕方で想像しなくていいとおもう。
c だって、京都にシーンなんてほんとはないんだよ。前言と矛盾しているようだけどね。
松 それ。おれもそうおもう。シーンっていうのは主観やねん。それぞれの。
c 主観の濃さのちがいでさ。たとえば新宿のシーンと下北のシーンっていうのはあるけどさ。それっていかに関わってるひとたちが主観を色濃くもってるかっていうだけで、それがどれだけ第三者に伝わってるかどうかだから。でも、京都の場合、ジョインはしてもコミットはしないっていう暗黙の了解みたいな空気が全体的にある以上、シーンってのはどうつくろってもただの帰納法的結論だから。もちろん新宿や下北もすくなからずそういうところはあるとおもうけど、そこにはすくなくともベクトルがあるのね。それを利用していこうという。たぶんマーケットの大きさや性質のちがい。京都の場合はスカラーでしかない。だから、シーンっていう一種の幻想を見込んだうえで個々がなんらかのアクションを起こすこと自体はまちがいじゃないとおもうんだけど、京都にシーンがあるってのはちがうとおもう。
松 シーンを感じるのもいいし、でもおれはそのシーンの文脈ではやろうとおもってない。ただ、京都にはこだわってるっていうか、京都発信にはこだわりたい。自分の生活の場だし。
c こずるいことをいえば、京都ブランドってのもあるからね。でもやっぱ単純にツアー出て帰ってきてさ、ぶぶ漬け食べてたらさ。
松 そうそう。「湿気が落ち着く」みたいなね(笑)。
- 話はエンドロールの前にもどる
神 choriさんにしても松井さんにしても、京都を主軸におきつつ、そこから脱していって不特定多数のひとに発信していきたいというのが前提なわけですね。そう考えると、あの特集で取り上げられたアーティストがどういうセレクトなのかは興味深いですね。
c ゆーきゃんさんがあの特集でやりたかったのは純粋に現状把握なんだとおもうな。
松 外からみたひとからしたらわかりづらくなってきてるからね。
c それをいったん解きほぐすっていう。だからそこにゆーきゃんさんの主観はないとおもう。もちろんセレクトしてる時点で恣意はあるにせよ、彼が京都論をぶちたいわけでないのはすごく伝わる。あれはドキュメンタリー映画みたいなもんでさ。語られてることに嘘はないけど、語られていないこともあるってこと。それを補完できるかどうかはわからないけど、すくなくともなにか別の視点から切り込みたいのがこの対談だとおもう。
松 京都の内需過多の現状って、おれね、日本全国の現状だとおもうんだよね。日本ってやっぱり日本語がわからないと歌でも伝わりづらいし、ドメスティックなマーケットだけで出来上がってるとおもう。でね、おれ、今K-POPにはまってるんですよね。
全員 (爆笑)。
松 少女時代とかね。韓国は逆にマーケットが日本の1/30っていわれてて、外へ出るしかないんですよ。
c 台湾とかもそうだよね。よそに出ていかないと仕事にならない。
松 でもそれってなんか今の時代には合ってるとおもうんだよね。
c もっといえばさ、それ、日本のなかの京都って意味ではそうかもしらんよ。世界のなかの韓国だけじゃなくって、日本のなかの京都っていうのも、内需志向ってのを考えたら結局東京に出ていかないとっておもうでしょ。だからそれを無意識に省悟は感じてるんじゃないか。彼らをモデルケースとして。
松 すごいなchori(笑)。…だからおれ、シンパシーを感じるんですよ。彼らに。韓国のSMエンターテインメント(BoA,東方神起、少女時代などが所属する事務所)の社長さんがインタビューで言ってて共感してんけど、アジア各国で通用するようなもっていきかたを日本のアーティストにも見習ってほしい、と。たとえば先週は少女時代が日本で1位になりました、今週はSMAPが韓国で1位になりましたみたいな。そうなったらアジアのマーケットが統一されるやん。そうなったら欧米の数倍、世界一のマーケットやで。海賊版とかいろんな文化の問題はあるけれど、そこらへんを地道にしっかりインフラ整備しなおしていけば、欧米にも対抗しうるっていう、そういう意識だよね。
c ってなったらでも完全にダウンロードの流れだよね。すくなくともCDではないなあ。
松 でもそういう話って夢があるよなっておもう。
c 基本的に考えてることはずっと遠からず近いよな。
松 だからね、なかなか離れられないんですよね。
c 人間的には嫌いだけどな(笑)。
松 人間的には嫌いだけどね(笑)。
c お互いコンポーザーっていうか、広い意味での。そういう視点をもってるからだろうね。自分を常に相対化してるから、人間としては厭味があっても相対化してる自分に厭味がないんだろうね(笑)
- そして、これからのこと
c やっぱり空中もchoriもそれぞれちがう切り口からではあるけど、もう盲目的なアクションに対して魅力を感じてないわけで。自分たちの身の丈とやるべきことがみえてるというか。そのうえで「from Kyoto to everywhere」じゃなくって、「from Kyoto」からどこへいくのかっていうのをすごく考えてるわけやんか。おれがいま大事にしたいのは土地とつながるっていうよりもひととつながるってことやねん。ひととつながらないことには打開できない部分があるとおもう。
松 そうそう。土地ってもはや今では隔たりがほとんどないでしょ。
c 江戸時代じゃないからね。
松 ひとだって、東京のひとが関西にライブみにきてくれたりさ。インターネットもあるし。距離があんまりないよね。
c それが如実にあらわれてるのが今度の空中ツアー名古屋だよね。名古屋でやるのに一組も地元勢がいないっていう(笑)。
松 どっちに転ぶかわからないけどね。
c ひと昔前なら、ツアーで主催やるならやっぱりご当地の一線級のバンドを入れてさ、一発目には地元の若手を入れてっていうさ。今はもうそういう時期じゃないとおもう。場所とか関係なく、もっとちゃんと確信犯的にパッケージングされたものというか、どこへだってちゃんとしたコンテンツをもってってはじめてビジネスになりえるというか。ハードよりソフト。いわば一億総スイス時代(笑)。それを感じてるからこういうことになるんだろうし。まあ、実際いいメンツだしね。くすぐるよね。確実にある層を。
松 お客さんきてくれたらいいなあ(笑)。
c この対談読んでくれたらきてくれるとおもうよ(笑)。でさ、そこにどれだけ意思がみえるかっていうか、どれだけ意思をすくいあげていけるか、そしてすくいあげてもらえるかっていう。ご当地感を否定するわけじゃないしそれゆえの必需もあるとおもうけど、そうじゃないところで興業としてじゅうぶん勝負できる下地がある。いかにそういう特化した動き方ができるかというか、スタンスはやっぱり常にドラスティックなほうがいい。なんとなくやってます感でやっていけない時代に差し掛かってるんだとおもう。来年の音楽シーンをおれたちでひっかきまわそうよ。
松 そうありたいよねえ。
c 別方面からNabowaとかみかとやすも切りこんできてくれてるからね。これ、京都ブームまたくるんちゃうか?(笑)まあ結果論的な京都ブームだけどね。
松 でもそれでいいとおもう。京都を背負う必要はない。
c むしろ今京都を背負うべきなのはTHE VESPERSとか壱姫弐太郎、花泥棒、あまやどり、Amia Calva、PLANETZ、ピアノガールとかhouse.、the90s、ウルトラタワーにラックラスター…おれらよりもうひとつふたつ下の世代だとおもう。えらそうにきこえるかもしれないけど、京都を背負わんかったらまだできないことがたくさんあるなら背負うべきで、うちらは京都を今から背負ったところで、っていうのもあるから。でもまた5年くらいしたらひとまわりして京都を鳴らすべき時期がくるかもしれないとはおもうけどね。
松 でも一リスナーとして、一消費者としては京都に変わらずぐっとくるアーティストとか、いいバンドがどんどん出てきてほしいなとおもう。
c そうだね。おれはよくもわるくも若手をどんどんフックアップしてきたけどさ、ほんとうはもっとふつうにごはんたべたり飲んだりしゃべったりするかんじがもっと垣根なく京都の先輩後輩のあいだでできたらいいなあ。「松井さんすごいひとやからなあ。しゃべるの怖いなあ」とかおもってほしくないよね。誰が主導するわけでもなく、若手も中堅もベテランもジャンルとか関係なく、ふらっとライブハウスで会ったら「おつかれっす!」って自然にいえるようになったらいいなとおもう。シーンがうんぬんじゃなくって、京都って街で音楽やってるひとたちがもっとたのしくなるとおもう。関わってるお客さんとかもふくめてね。
松 毎年さ、この一曲で日本中の気分が変わるみたいな曲が出てくるとおもうねんな。そういう普遍性みたいなのをおれはすごい求めてるし、そういうのはほしいとおもうから…空中ループ、がんばります(笑)
c とりあえずは16日の名古屋公演をぜひみにきてほしいということで(笑)。
全員 よろしくおねがいします!!
chori オフィシャルWEB http://chori.cc/
THE VESPERS オフィシャルWEB http://thevespers.net/
- 空中ループpresents「Live across the universe tour vol.1」リリースツアー東名京
- 名古屋 7/16(土)at 新栄クラブロックンロール w/よしむらひらく、chori、Turntablefilms
- 東京 7/22(金)at 新宿MARZ w/オワリカラ、SPANK PAGE、秀吉
- 京都 7/23(土)at 京都VOXhall ワンマンライブ
- 京都 8/27(土)at 京都VOXhall 夏休み企画スペシャル編ー大リクエスト大会&大漁ゲストな夜ー
- チケット詳細はLIVEページへ!
